今回の話題は医薬品情報とは当面のところ関係ない。
かって視覚障害者への医薬品情報の伝達、医薬品の識別に色覚障害が及ぼす影響といった研究に関わったので、朝日新聞12月1日の「視覚障害者に服の色伝えるタグ」に興味を持ち、この記事の元となった佐川氏の論文(奥寺沙織、佐川賢:日本女子大紀要、61, 81-90, 2014)を読んでみた。以下、その要約と感想。
16名の全盲視覚障害者(先天盲5名)を被験者として、基本色10色(赤、橙、黄、黄緑、緑、青緑、青、青紫、紫、赤紫)から組み合わせた2色の色名を口頭で伝え、その色名間の心理的な距離を5段階(1.非常に近い;2.やや近い;3.どちらでもない;4.やや遠い;5.非常に遠い)で回答してもらった。すべての組み合わせ45組についての回答を視覚障害者ごとに集計して、多次元尺度構成法により色彩心理構造を解析した。この方法は各色間の心理的距離から、各色の相互の位置関係を二次元マップとして示すもので、例えば東京、横浜、町田、鎌倉、小田原の各駅間直線距離に基づいて各駅の地図上の配置を決めると考えれば理解し易い。
その結果、16名のうち14名では各々、基本色10色が円環状となるマンセル表色系の色相環の形成が確認された(個々人によって滑らかな円環と歪んだ円環の差はあるが)。16名の平均から求めた配置は滑らかな円環となり、17名の晴眼者について同様に求めた配置とも良く一致した。つまり、全盲の視覚障害者でも晴眼者と類似した色彩把握の心理構造を有していると考えられた。
全盲視覚障害者でもこのような色彩把握が可能な理由として、例えば衣服の配色など、日常生活において色の情報を必要と感じているため、色名、色の類似性や配色に関する知識を経験的に学習していると著者は考えている。10色の配置が円環とならなかった2名(先天盲1名)の視覚障害者は事前のアンケートにより色彩に関する興味関心が薄く、配色や物の色について日常的に考えることはないと回答していた。
これらの研究結果に基づいて、著者は衣服の色を視覚障害者に伝えるための触覚タグを提案している。すなわち10色のマンセル色相環を点(小突起)で表し、赤の点の上部に小突起を追加して頂点であることを示す。更に色相環の中心に白と黒の点を追加する。その上でこのタグを付す衣服の色に該当する点は大きくして色情報を伝える。
いずれにしても全盲視覚障害者の多くが色の存在を認識、学習することで晴眼者と類似した色彩心理構造を持つことは注目に値する。この知見と医薬品情報との接点は現時点では考えられないが、以前、実施した調査で、全盲ではない視覚障害者では医薬品の識別にPTPシートなどの色が大きな因子であったことを考えると、気になる論文である。
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