・「すべての人々に必要な医療を提供するのが当然ではないか。
すべての人々の老後が支えられるのは当然ではないか。
イエスか、ノーか。そのどちらにもイエスと答えれば、それは西ヨーロッパ諸国で採用
され、日本が1980年代まで求め続けてきた福祉国家の理想に近い。しかし、経済の成長
が明らかに限定的となり、福祉国家の矛盾を解消してくれることがなくなってからは、
この回答はおそらく、著しく明瞭さを欠いたイエスとならざるをえなくなった。そう、イ
エスではあるが、それには大きな制約がある。」と著者は終章で述べている。
・超高齢化社会が目前の我が国のみならず、先進国では医療の高度化により医療費の増大
は必然である。我が国はこれまで医療の提供は民間中心でありながら医療の費用は公的
制御を効かせて独自の国民皆保険制度を維持し、世界からトップと評価されてきた。し
かし、高齢化社会と経済の成長が無限ではないことを考えると、上記のイエスには我々
が負担増を許容しなくてはならないことを意味する。だが、その負担増にも限界はある
事を本書は淡々と示してくれる。
・昨今、話題にのぼる医療産業の強化、混合診療の解禁、株式会社の病院経営、民間保険
の医療分野での役割拡大などは、TPPでの米国の要請だけでなく、経済の成長への牽引力や
医療費の抑制として語られることがあるが、本書では上記の医療制度の国際評価で米国が
最下位であることを紹介しつつ、これらのはらむ矛盾点、問題点についても考察してい
る。
・第4章「新しい治療法を目指して」の最後で著者は以下のように述べている。
科学技術の力を十分に生かし、日本の医薬品や医療機器を世界に向けて売り出すことは
素晴らしいことだ。ただ、そうして医療産業が成長し、経済が活性化されたとして、そ
の果実を得るのは誰なのだろうか。経済成長の果実は国民に還元され、豊かで分厚い中間
層を再生し、回りまわって需要の拡大と社会の繁栄につながる。そういう主張が政府や財
界を中心になされている。しかし、米国で実現しているのは国民の間の大きな経済格差と
社会の分断化だ。米国のように、医療を受けるために破産を覚悟しなければいけないよう
な社会を、果たして健全な社会と言えるだろうか。
・一方的に主張を展開せず、淡々と現状を分析し、我々が置かれている現状を認識させつ
つ、国民に二つの道の選択について考えさせる良書と思う。
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