高齢者の抗コリン薬使用

 もう20年ちかく前に上田薬剤師会を訪問した際、Nさんから高齢者の抗コリン薬使用が問題ではないかと聞かされた。このことはずっと頭に残っていたが、研究テーマの糸口が見つからないまま、時折目にする関連論文を蓄積するだけで今日に至ってしまった。今回はそんな論文を読んでみた。

1. Ancelin ML et al. Non-degenerative mild cognitive impairment in elderly people and use of anticholinergic drugs: longitudinal cohort study. BMJ. 2006; 332(7539): 455-459.

2. Carriere I et al. Drugs with anticholinergic properties, cognitive decline, and dementia in an elderly general population. The 3-city study. Arch Intern Med. 2009; 169(14): 1317-1324.

論文1は縦断的コホート研究。以下要約。

方法

 南フランスの1地域で一般医63人を通じて、60歳以上の痴呆でない372人の高齢者を募集し、ベースライン時およびその後2年間、1年ごとに抗コリン薬使用調査、認知機能検査を実施した。

結果

 372人の被験者のうち51人がベースライン時に抗コリン薬を使用しており、1年後のフォローアップにおいても30人が引き続き抗コリン薬を服用していた。

 30人の抗コリン薬継続使用者と297人の一貫した非使用者について種々の認知機能検査結果を比較すると、継続使用者では反応、注意時間、即時および遅延の視空間記憶などの認知機能が非使用者に比べて有意に低く、軽度認知障害と診断されたのは105人(35%; 95%CI 30-41%)であった。一方、30人の抗コリン薬継続使用者で軽度認知障害と診断されたのは24人(80%; 95%CI 66-94%)であった。認知障害に影響を及ぼす性別、教育、無処置の鬱病、高血圧の治療などについて調整してロジスティック回帰分析した結果、認知障害の最も重要な予測因子は抗コリン薬の使用(OR5.12; 1.94-13.51; P=.001)と年齢(OR1.09; 1.06-1.13; P<0.001)であった。

 8年のフォローアップにおける抗コリン薬の継続使用者の痴呆症の発生は16%、非使用者のそれは14%と差を認めなかったが、被験者数が少ないため統計的な比較には無理がある。

 

論文2は住民対象の前向きコホート研究。以下要約。

方法

 フランスの3市に居住する65歳以上の痴呆でない男女を募集し、ベースライン時の種々の認知機能テスト、痴呆の診断、抗コリン薬使用などに関する聞き取り調査を実施した。また、2年および4年後のフォローアップとして同様の調査を実施し、住民対象のコホート研究を行った。解析対象は女性4128人、男性2784人。

結果

 被験者の7.5%がベースラインで抗コリン薬を使用していた。多変量ロジスティック回帰分析の結果、ベースラインで抗コリン薬を使用していた女性は4年間にわたって言語の流暢さ(OR 1.41; 95%CI 1.11-1.79)、全体的な認知機能(OR 1.22; 95%CI 0.96-1.55)の低下を認めた。同様に男性では視覚的記憶(OR 1.63; 95%CI 1.08-2.47)と実行機能(OR 1.47; 95%CI 0.89-2.44)の低下が認められた。女性では、抗コリン薬使用と年齢、ApolipoproteinE、あるいはホルモン治療との関連が観察された。抗コリン薬を継続して使用すると認知機能が低下するリスクが1.4倍から2倍高くなるが、使用を中止した場合にはこのようなリスクの増加は認められなかった。4年間のフォローアップ期間中における痴呆の発生は抗コリン薬の継続的使用により増加した(HR 1.65; 95%CI 1.00-2.73)が、使用を中止した場合には有意な増加を認めなかった(HR 1.28; 95%CI 0.59-2.76)。

結論

 抗コリン薬を服用している高齢者は認知機能の低下、痴呆の発症のリスクが高い。抗コリン薬の使用を中止すればリスクの減少につながる。医師は高齢者、とりわけ痴呆の遺伝的リスクが高い高齢者への抗コリン薬の処方に慎重になるべきだ。

 

 以上の2報はいずれもフランスでの同じ著者のグループによる研究だが、最近、同様な研究デザインの報告が米国から出された。

3. Gray SL et al. Cumulative Use of Strong Anticholinergics and Incident Dementia: A Prospective Cohort Study. JAMA Intern Med. Published online January 26, 2015.

 以下、要旨だけからの情報。

長期(10年間)にわたる抗コリン薬の使用はその累積使用量に応じて痴呆症とアルツハイマー病の増加との間に相関を認めた。すなわち、痴呆症の場合、非使用者との比較によるHRは累積使用量の増加に従って、0.92 (95% CI, 0.74-1.16)1.19 (95% CI, 0.94-1.51)1.23 (95% CI, 0.94-1.62)1.54 (95% CI, 1.21-1.96)と増加した。アルツハイマー病についても同様の傾向が認められたと言う。

 以上、いずれも系統的な文献調査で選んだ論文はないが、PubMedanticholinergic drugscognitive impairment/or dementiaepidemiologyで検索されたタイトルリストをざっと見ると、上記論文の結果は必ずしも特殊な例ではないと言えそうだ。